世界遺産への道102 ≪記載と除外のはざまで≫
2017年07月18日
世界遺産登録活動は、「沖ノ島を世界遺産に」をキャッチフレーズに平成14年から始まりましたが、当時は関連遺産群の文字はありませんでした。いつから関連遺産群を付けて登録活動が始まったのでしょうか。
平成19年に世界遺産登録された「石見銀山とその文化的景観」は、当初、鉱山遺跡のみでの登録を目指していましたが、その後、鉱石を運ぶ道と、船へ積み込むための港を構成資産に加えました。世界遺産登録には、鉱山で採掘された鉱石を運搬し、海外へ輸出する一連のストーリーが求められたからです。
本遺産群は、沖ノ島での古代の祭祀(さいし)をだれが、どのように行い、その信仰がどう広がったのか、沖ノ島に加え、新原・奴山古墳群や中津宮、辺津宮、沖津宮遙拝所を構成資産に入れて、宗像氏と一連の信仰について説明するため、平成18年から「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」と改めました。
本遺産群と同様にイコモス勧告で一部の資産が除外された遺産としては、平成23年に登録された「平泉仏国土(浄土)を表す建築庭園及び考古遺跡群」があります。浄土思想を表す庭園や中尊寺金色堂だけでなく、藤原三代が営んだ荘園(骨寺村荘園)や政治を司った遺跡(柳之御所遺跡)を含め登録を目指していましたが、浄土思想とこれらは関係がないとして除外されました。現在、暫定リストに記載され、追加登録を目指しています。
この記事がみなさんに届くころには、世界遺産委員会での審査結果がでています。同委員会で、沖ノ島だけでは説明できない、信仰の遺産としての価値が認められることを願うばかりです。